フランスに移住して最初に住んだ場所

フランスに来て最初に住んだ所は、パリ郊外の移民が多い地区でした。日本人は見たことなかったです。義母お勧めのアパートでした。夫は日本のみでこちらで職歴がなく貸してくれる家が見つからず、義母が保証人になるならいいと。全く土地勘がない為、口出し出来ず。

義母の親族がそこら辺にいるから、行き来すれば助けにもなるし、移民の街の方が、私も(移民だから)馴染みやすいだろうとの、義母の考えだったそうです。結局仏語ゼロだったので行き来なかったんですが。

パリで日本人のママ友さんを作って会ったりしましたが、基本毎日近所での育児生活。心折れまくってました。

中学生がバイクを乗り回してみたり。学校の入り口に金属探知機が付いてたり。

若者達がスーパーのカートごとメトロに乗って、アパートまで帰ってきたり。普通に年配の方々もスーパーのカート押して道歩いてますし。そこら辺の公園に大型スーパーのカートいっぱい転がってました。

最寄りの駅では、改札をジャンプして通る多くの若者達の運動能力の高さに感心しました。皆さんハードル、いやあん馬みたいに越えて行くんです。

パリでもいるんですが、なんせ越えるスピードと人数が違う、圧巻でした。チケット買いなよ、なんですけどね。

家の前のTABAC (馬券やロト、宝くじやタバコが買えるカフェ兼飲み屋。因みに近所だった所はずっと馬レースを流していて、馬券を買う為の紙がそこら中に落ちてる、ガチな競馬TABAC ) では、殴り合いの喧嘩がたまに起こってたり。メトロの最寄り駅でカミソリちらつかされたり。

まーもー鍛えられました。東京で生活してきた30代にはカルチャーショックでした。

夫の携帯が盗まれて、警察署に被害届けを出しに行っても、

「独立記念日で裏の地区の車が何台も燃えててそれどころじゃない、来週来てくれ」と帰される始末。

移民局の語学学校もカオス状態。パリ近辺の移民局の語学学校は、場所によってはとても恵まれているそうです。私の地区は正直、生活にいっぱいいっぱいの人が多く、お友達を作れるような環境ではなかったです。早く終わりたい一心で、速攻で試験受けて出ました。

何でここよ(T_T) と思いました。が、宗教的ないざこざなどが、バスで時々起こったり。そうなると双方の宗教の事をざっくり勉強もします。

アフリカ系の民族衣装を来た人が車の事故を起こした時、10分後には民族衣装の男達が200人くらい道を埋め尽くして (私は子供とバス待ちで一部始終見てた) まるでお祭りのようでした。アパート毎に、宗教や民族が同じ方々が集まって住んでいらっしゃると、食べ物などのお店や集まりが便利なのでしょう。

そういう多民族文化の勉強にはもってこいの場所ではあったのかもしれません。

が、ざっくり言うと治安最悪でした。Maman!! ミスチョイスよ…でも治安が悪かろうが全く気にしないタフな女性なんです。フォローしとくと。

日本での生活との格差に、疲弊したものの、今となってはいい思い出です。

最後は家の向かいの銀行が放火されて炎上していたのを見て 「私達はここは無理」と 悟りました。

平和な地区を必死に探し、その後2回引越しを繰り返したのでした。

田代まさしで思い出した

田代まさしがまた逮捕、のネットニュースを見て思い出しました。

何年か前、パリを東西に横断するRER A線に1人で乗っていた時のこと。

向かい合う形で座っていた前の席の、30代くらいの男性が、おもむろにMacBookを取り出して膝の上にのせました。

仕事するのかなと思った矢先、MacBook の上で何やら少量の白い粉を広げ、筒状のもので鼻で一気に吸い込んだのです。

私はびっくりし過ぎて思わず笑ってしまったのですが、彼はその後何事もなかったかのようにMacBook を開き何駅か仕事した後、降りて行きました。

Youtuberとかのドッキリかなにかだと思いカメラとか携帯とか探したのですが、誰もそれらしき人はいませんでした。

もちろん違法ですし、あり得ない前提ですが、例えばトイレとか、そこまで待てないものなのか、電車の中でというアグレッシブさにというか、とにかく愕然としました。

まあ、電車を降りて人目のつかない所まで我慢も出来ないほどの、中毒性があるものなんでしょう。

当たり前ですが初めて見ました。

何度も繰り返し再犯してしまう恐ろしい薬物。

ダメ。ゼッタイ。

Metz メッスでの恐怖体験

だいぶ前、メッスに行った時のお話。

メスは2度訪れた事があるのですが、その頃はパリ近郊の大聖堂を巡る旅がマイブームでした。

Temple neuf 特別な日にしか開かないらしく閉まっていました。
川沿いの風景が本当に綺麗でした
お花が綺麗に手入れされている橋が多かったです

素晴らしい街で、観光を存分に楽しんだ後、メスのホテルに宿泊しました。

私は若い頃、日本では出張が多い仕事をしており、ホテルに宿泊する機会が多かったのです。お仕事だと自分では選べないので、いわゆる“出る”と言われるホテルにも結構泊まったのですが、霊感とかは一切ないので、全く何も見た事がありませんでした。

メスのホテルで、明け方にふと何かの気配で起きたんです。横には夫も寝ているし、違うベッドには子供も寝ていました。

家族の寝ている姿を見て、気のせいか…と思い再び寝ようとした時、ベッドの左側から

爪が長めで汚くて、黒いミイラみたいな手に、強い力でガシッと手首を掴まれたんです

怖すぎて、ものすごい悲鳴をあげたので夫も飛び起きました。その一瞬で手は消えてたんですが、掴まれた感触が残っていて。

夫は夢見たんだよ、の一言ですぐに眠ってしまいました。私は怖すぎたので、金縛りとかの一種で、夢を見ただけだと自分に言い聞かせました。が、あまりにもはっきりとした感覚が残っていたし、前から目が覚めてたし、がっつり見ちゃったし。

もうベッドの左側が気になって、夫に貼り付いた態勢のまま、恐怖のあまり眠れませんでした。

あれ、なんだったんだろう。

サンルイ広場
荘厳な佇まいのカテドラル
美しい大聖堂のステンドグラス
霧の中の大聖堂。妖艶ですね

その後もう一度ノエルの時期に訪れ、絶対に前のホテルは嫌で、違うホテルに宿泊しました。そして何事もなかったです。

ホテルの名前は書けませんが、ご宿泊される予定で気になる方はお問い合わせ下さい。お教えします…

大聖堂も街も、本当に美しいです、パリからも近いので、おすすめです。

パリ近郊の城 Château d’Auvers

ドライブがてら思いつきで行ってみました。

オーヴェル=シュル=オワーズにあるお城、と言っても中はこの周辺地区に住んでいた画家達を紹介する美術館になっています。

ゴッホが最後の10週間を過ごして没した街で、街の至る所に彼の作品の題材となった場所があります。ゴッホが最後を迎えた宿も残っています。

街自体は以前何度か行っていたのですが、教会の前でたむろっている高校生が、小銭をくれと言ってきたり(もちろんあげないけど) 、ゴッホが自殺した地って言われるのもなんだか暗い印象を受けました。

ですが、この美術館はとても好きでした。ゴッホやセザンヌなど世界的に有名なこの地方の画家をはじめ、フランスの有名画家の作品に至るまで絵画の世界に浸れる映像アート作品でした。

絵画自体の所有はごく僅かですが、ゴッホやセザンヌをはじめ、ドガやモネなどの作品とその歴史を映像とナレーションで説明してくれます。

名画が次々に映し出され、絵画の世界の中にいるような素晴らしい空間でした。

渡り廊下も光と映像で盛り上げてくれます。

閉館時間ギリギリで行けませんでしたが、美術館内にカフェもあって楽しめそうです。庭園も高台から街を見渡せて、結構綺麗でした。

あまり期待せず行ったのに、とても癒されました。この街に来たらまずここに立ち寄るべきでした。

シュノンソー城 Château de Chenonceau

ロワール渓谷の旅の最後は、シュノンソー城です。

フランスではヴェルサイユ宮殿の次に来訪者の多い城だそうです。頷けます。川にかかるように建つ城は圧巻です。

城主が代々女性だったとかで有名なお城だそうです。その中でもとりわけ有名なのが、ディアーヌ・ド ・ポワチエ と、カトリーヌ・ド・メディシス であったと言われています。

川の中に建っています

アンリ2世(フランソワ1世の息子)が、子供の頃からの教育係であった20歳も年上のディアーヌ ド ポワチエ を妾にし、城に住まわせます。

ディアーヌは橋や庭園を建設するも、アンリ2世の妻のカトリーヌが夫の死後、ディアーヌからシュノンソー城を取りあげ、代わりにショーモン城を渡したとか。

カトリーヌが橋部分にギャラリーなどを増築し、客人をもてなしたり、舞踏会のできる城に作り替えたようです。

雨でも雰囲気のあるシュノンソー城
城のギャラリーから
全ての部屋に素晴らしいお花のディスプレイが

フランスに来て、水辺の近くや、古アパートの0階 (日本の1階) に住んだ私は、この城を見学しながら、カビの心配しかできなくなりました。居城している王族貴族は自分で掃除しないからいいのか……

川とか天気によってはすごく臭うよなあ、とか庶民の思考で悶々と観光しておりました。

でも部屋から川の眺めが見えると言うより、川の流れの中に部屋があるって素敵です。

お城には散策出来る森や、子供が喜ぶ迷路もありました。美しいお城でした。

ロワール渓谷の歴史に興味が湧いた旅でした。

それぞれの城主の部屋を再現してありました
バルコニーの下若干カビてるような。コケかしら。維持費が大変だろうなあ

アンボワーズ城 Château de Amboise

アンボワーズ城に行ってきました。1日目トゥールにホテル予約だけで、次の日の宿は取っていませんでした。なんとなくブロワに泊まろうかと思っていたのですが、初日のシャンボール城の後、ブロワを見てしまったので、急遽アンボワーズにホテルを取り1泊する事に。

ランジェ城から店に寄って地ビールとロワール地方のワインを買い込み、アンボワーズへ。夜遅くなってしまい、雨が降っていたのもあり、夜の森の中の道、曲がり角とか全然見えません。

フランスあるあるで制限速度80km/hの場所であっても、地元民は120km/hとかで飛ばしてきます。煽られ過ぎて涙目になりつつ、ホテルへ。

真っ暗な森の道を飛ばしてきて不安でしたが、21時近くでも城下町のレストランはやっていたので無事夕飯も食べられました。ロワール地方のワイン、毎晩(毎食?)頂きました。

次の日はアンボワーズの街で朝食を食べ、高台にあるアンボワーズ城へ。

坂と階段を登って城へ
サン・ユベール教会堂

まずは城に隣接するサンユベール教会堂に眠るレオナルド・ダ・ヴィンチの墓へお参り。

教会にはダヴィンチが埋葬されています。

教会の外はアンボワーズの街が一望出来ました。晩年アンボワーズで過ごしこの地で没したイタリア人のダヴィンチは、どんな気持ちでここへ眠っているのだろう、と異国へ暮らす異邦人としては、つい考えてしまいます。

城壁上から見たアンボワーズ
城下に流れるロワール川

アンボワーズ城の庭園はイタリア風レイアウトを初めて取り入れたそうで、幾何学模様のフランス庭園の始まりだそうです。設計したのもイタリア人の聖職者だとか。フランソワ1世がミラノ公国を占領し、優秀なイタリア人はフランスに呼び寄せられたんでしょうか。

幾何学模様の庭園
城内は赤、多かったです。

ちなみにお城の中は迷路のようでした。庭の冷気にやられて、お手洗いに駆け込んだ後、入口を違うところから入ってしまい、別口から入った家族に会うため、どれだけの時間を費やしたか、、広いです。ちなみにトイレは城入口から城に行く途中のカフェに隣接しています。

お昼はアンボワーズのビストロで地元ワインを頂き、次の地へ!

アンボワーズ城前にあるアクセサリー店の看板、可愛い💕
白の発泡ワイン、美味しかった!

ランジェ城 château de Langeais

今回、ロワール渓谷周辺のお城を見るにあたり、参考にしたサイトがこれ

https://www.valdeloire-france.com/loire-chateaux

滞在出来る2泊3日で回れるルートをざっくり決め、このサイトを見ながら、主に画像から惹かれたお城を車で訪れる旅でした。

その中でお城というより、周りの街や景色を見てみたくて訪れたお城、ランジェ城。

トゥールから車で30分。ロワール川沿いのドライブを楽しみながら、のんびり向かいました。

跳ね橋式のお城の入口
お城の入口に売店があって、特に子供が食いつく物が多かったです。要注意。
お城の内部、当時の晩餐メニューを再現

ランジェ城は1491年に、シャルル8世とアンヌ・ド・ブルターニュの結婚式が行われ、それによりブルターニュ公国のフランス帰属が決定したそう。

ただアンヌさん、シャルル8世が階段の天井の出っ張りに頭をぶつけて(暗殺説もあるらしい?けれど)亡くなった事により未亡人に。さらに、6人の子供たちも、幼くして皆が亡くなっており、それを知ると悲しい気分に。辛かったろうなあ。

ただ帰って調べてみると、そんな生易しい感情で推し量れるような人生ではなく、アンヌさん、生まれて死ぬまで、政略結婚や国政に巻き込まれ、激動の人生過ぎました。

シャルル8世とアンヌさんの蝋人形。リアルです。二人の歴史に関する動画が流れます

シャルル8世亡き後も、ルイ12世と再婚して、7度の妊娠をしていたり。でも成人出来た子供が二人いらしたと聞いて、喜ばしい気持ちにもなりました。

城からの風景
隣接するフランス最古の主塔からの城の眺め
庭園に隣接する主塔からのロワール川
隣接する公園にある樹齢100年を超える木に作られたツリーハウスで遊べます

隣接する庭園や主塔からの眺めが特に素晴らしかったです。帰りに城の前にあるパン屋さんでケーキと紅茶とショコラを頂きました。ゆっくりできて、雰囲気もいいお店でした。

ランジェの街
ランジェ城近くの教会 すごいスタイリッシュなジーザス。

トゥール Tours

トゥールの街に宿泊しました。大学が結構あって、夜のカフェなどにも学生が多くて活気がありました。

夜の駅前も比較的安全なイメージでした

朝から街を散策。路面電車が走っており、街は穏やか。川沿いの道は家族や学生達の憩いの場になっていました。

Hôtel de Ville de Tours
旧市街の可愛い建物
教会。街には大聖堂もありました
路面電車は街を通って橋を通り、対岸へ
ロワール川の辺りは、朝から散歩してる方やランナーがたくさん。のどかでした

Blois ブロワに一瞬寄ってみた

シャンボール城から、Blois (ブロワ )に立ち寄ってみました。

ダヴィンチ愛を感じたモナリザが描かれた(貼ってある)Denis Papin階段。おそらく没後500年の記念装飾中

街の小さなパン屋さんに入ってケーキと紅茶を頂いたのですが、とっても美味しい上に店員さんも親切。川沿いや街を散策しましたが、平和な街でした。でも平日でしたが、18:50ごろには街のほとんどの店がシャッター閉めてました。観光はお早めに。

ブロワ城前の手品博物館
Escalier Denis Papinを登ったところ。上にはワイン飲めるテラスバーもありました。
ブロワ城前の坂上から
夜19時にはほとんどの店が閉店していました。は、早い。。

シャンボール城

Château de Chambord シャンボール城に行って来ました。

とても広大な面積のお城でした。フレンチルネサンス様式の美しいお城

ディズニー映画の美女と野獣のモデルとなったお城だそうです。ちょうど今フランスでシャンボール城の建築が始まって500年という事で映画が作られています。

映画予告だけでも息を飲む美しさ。予告に負けないほどのとても美しいお城でした。

シャンボール城ではちょうど、日本人彫刻家の新宮晋さんの作品展示の最中でした。

城内の展示室
庭園の真ん中にも風に揺れる作品の数々が

入口でセキュリティの方に日本人かと聞かれてそうですと答えたら、日本人アーティストの展示をやっているんだよ!と熱心に、警備そっちのけで色々と教えて下さいました。

お城の入口や、庭園の真ん中に新宮さんの作品が並んでおり、素晴らしいお庭と風に揺れる作品群を同時に楽しめました。

美しい庭園の真ん中に新宮晋さんの作品が並んでいました。

フランソワ1世の狩猟小屋であったという場所を、時間をかけて広大なお城を建築し、レオナルド・ダ・ヴィンチも螺旋階段の設計に携わったとか。定かではないけど、多分、そうに違いない……そうです。

60代だったダヴィンチは、フランソワ1世に招かれて、アンボワーズの別荘で晩年の3年間を過ごし、アンボワーズに埋葬されているとあって、ここら辺の地域の方々は、ダヴィンチとその作品を愛していると行く先々で感じました。

特に今年2019年は、ダヴィンチの没後500年とあって、地域をあげて、ダヴィンチとその作品にまつわる様々なイベントを開催しているようです。

お庭や周りの景色を存分に楽しめる屋上からの景色は最高でした。屋根の装飾も素晴らしいです。

その他にもイタリアの作曲家リュリが初演した地に作られた小さなモリエール劇場、狩猟にまつわる絵画や角鹿が展示された狩の間、フランソワ1世の紋章であるヴォールトの装飾天井など、見所は沢山でした。

今まで見たお城で一番天井が高く、部屋も広く豪華でした。居住用のお城ではなかったそうで、寒い冬には大きな窓や吹き抜け、大部屋や高い天井で、暖房が効かず、かなり寒かったとか。

フランスでは暖房ないと、命とりですよね。でも豪華です。名城です。

沢山の歴史あるタペストリーがかけられていました
イタリア人でフランスに帰化した宮廷作曲家リュリがシャンボールでも作品を発表した
ダヴィンチの設計かもしれないという螺旋階段の内部
シャンボール城の周りの庭園や森も素晴らしいです。回るのには是非お時間をたっぷり取られて下さい